かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

季節の香り、天気の香り

朝、家のドアを開けたときに、季節が変わったと感じるときがあります。外の空気のにおいが明確に変わる日があるのです。今日がまさにその日で、まだ4月なのに初夏の香りがしました。草の新芽の薄緑色の香りです。

 

梅雨の始まりにはひやりとした湿気のにおい、夏になる日にはイネ科の植物の固い茎のにおいがします。冬が来たことは、においよりも鼻先に感じる冷たさでわかります。秋の始まりのことはどうしても思い出せません。夏の暑さでくたびれ果てているからかもしれません。

 

雨のにおいで思い出すことがあります。

 

私が大学院生のころ、大学の生物学実験の実験補助のアルバイトをしていました。実験といっても大したことはなく、授業に向けて実験用の検体を準備したり、当日の機器の操作のフォローをするのが私たちの仕事でした。授業中は大きな発見も失敗もないまったりとした時間が流れていました。ただ、その中でも若干の盛り上がりを見せるテーマが、微生物やカビの顕微鏡での観察でした。

 

観察自体が盛り上がるというより、ある微生物の発するにおいが興味の対象になるのでした。その微生物の入っている容器を開けてそっと嗅ぐと、雨のにおいがするのです。窓の外は一面の雪景色で、雨から一番縁遠い時期のはずなのに雨を感じるのは少し面白い状況でした。

 

授業を受けている学生さんたちも面白く感じてくれたようで、その微生物の入っている容器は一番の人気でした。ただ、どの集団にもうっかり者はいます。その容器を配っているとき、一人がそれを落として中に入った微生物を床にまき散らしてしまったのです。暖房のために締め切った部屋の中に雨のにおいが充満して、さすがにちょっとげんなりしました。匂いは状況と組み合わせて初めて風情を醸し出すもので、単体で感じるべきものではないと分かりました。多分、あの同じ部屋にいた人たち皆が、その気持ちを共有していたことだろうと思います。

 

雨が降ると時々、その教室のことを思い出します。そして、あの教室にいた数十人もまた同じことを思っているかもしれないと想像すると、すこしおかしみを感じるのです。

 

今週のお題「変わった」