かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

燃えつきそう、と書いてみる

4月、5月とずっと慌ただしかった仕事が一段落しました。

技術的にはうまくいったかなと思う反面、事業的な数値にはまだつながっていません。人の入れ替わりや組織間のすれ違いも重なって、最近少し疲れているなと思います。

 

この1年間、新たな職責のもと海外に引越して、現地語を含め生活や仕事に適応し、大学院への通学も始めました。さらに、日本人出向者の狭い世界でのいざこざがあったりもしました。

良かったことも悪かったこともありましたが、いちばん初めに出てくるのは、やっぱりちょっと疲れたなということです。一度歩みを緩める時間を意識的に持ったほうがいいだろうな、と思います。

 

一方で、こう考えていること自体は、決してネガティブなことではありません。昔の自分であれば、いまの実感を無視して、ここで耐えれば強くなれるとさらに無理をしていました。自分の燃えつき状態を把握し、歩みを緩めることを選択肢として考慮できるようになったのは、大きな成長であるなと感じます。

 

コロナ前後では、生活や職務の変化によるキャパシティーオーバーに気づけず、最終的にドクターストップがかかるまで走り続けてしまいました。それと比べれば、今はより持続可能な考え方ができています。

頑張らない選択をするのには勇気が少しいるけれど、変わるというのはそもそもそういうことなのだと思います。そして、私にはできる。そうやって、自分を励ましてみようと思います。

よりかかる

明日から他国にしばらく行くことになりました。その国の事業所の命運をかけたプロジェクトのひとつを成功させるためです。

 

多くの工程のうち重要ないくつかに私自身は経験はなく、現地の人も関係会社にも誰にも知見はない中、これまでベストを尽くしてきました。成功確率は元々ゼロでしたが、そこから少し上がっていることを信じたいです。

 

不安でいっぱいで、誰かに寄りかかりたい気持ちでいっぱいです。でもその先はなく、自分でなんとかするしかありません。

寄りかかる先は知識だけ。でも、どんなことでも1人目はそうですよね。あとは応用力と幸運を信じようとおもいます。これを乗り越えたら、人の不安を分かって支えてあげられるひとになれるはずです。

 

明日は自信満々の顔で飛行機から降りよう。

 

じぶんの耳目

じぶんの二本足のみで立っていて

なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば

それは

椅子の背もたれだけ

初めての電話

こちらのお店にネットで予約をしましたが、当日になっても返事がなかったので不安になっていました。使える連絡手段は電話しかなかったので、どうしようかしばらく迷ったあげく、思い切って電話してみました。

 

お店の方が韓国語しか話せないと言うのは知っていたので、少し単語や使えそうな文章を調べてから通話ボタンを押しました。相手が出るまで、こんなにドキドキすることがあるかと自分でもおかしい位でした。

 

電話がつながってからは、意思疎通できるまでにいろいろな悶着もありつつ、何とか予約ができていることが確認できました。多少面倒な思いをさせてしまったかもしれないですが、安心しました。それに、韓国語を勉強している成果が少し出ていると思えて嬉しかったです。

 

何かの言語を勉強している方のブログに、レストランに予約の電話をするのはモチベーションを上げるのに良いと書かれていました。本当にその通りだと思いました。単語数はそこまでいらず、複雑なこともあまりない割に、達成感がとても大きかったです。

 

何かを0から始めると、少しの成長もとても大きなものに感じられます。新しいチャレンジを始めてよかったなと思いました。

 

 

 

寂しさを受け入れる

今月の頭は日本に帰国し、この土日には家族がこちらに来ていました。今日家族を空港に見送って1人で高速道路を走っていると、なんとなく寂しい気持ちが心の中に湧いてきました。

 

少し前までは誰かとの時間を過ごしたあとに1人になっても、その瞬間からすぐに切り替えができ、寂しいと感じたことはありませんでした。むしろ、そう思う人のことを弱い人だと感じていたかもしれません。

 

気持ちの変化が歳をとったからなのか、肌寒い空気のためなのか、韓国暮らしを始めて3ヶ月目という節目のせいなのか、あるいは他に何か理由があるのかは分かりません。

一方で気づいたのは、昔は寂しさや悲しみという感情は自分の弱さだと思い、気づいたらすぐに蓋をしていたということです。自分の素直な気持ちは、生産性や効率の対局にある望ましくないものとして気に留めないようにしていたのだと思います。もしかしたら、一度自分の声を聞くと、その後はずっとネガティブな気持ちにとらわれる気がして怖かったのかもしれません。

 

実際に寂しいと言葉にしてしまっても、何か悪いことが起こるわけではありません。むしろ少し気持ちに奥行きや余白ができたような気すらします。寂しいというのは体や心の表現としてどのようなことなのか、自分なりに掘り下げていくのも面白いことです。そして月並みですが、寂しいと感じるのは、これまでそれだけ良い時間を過ごせていた裏返しなのだとも思います。

 

自分の気持ちは、見ないふりをしているとどんどん物陰に隠れていきます。そしていつまでもどこかに溜まり続けて、いつか溢れてしまいます。そうではなく、どんな感情も自分の中で受け入れて感じられるようになってきたということを、自分自身の成長として素直に喜んであげたいと思います。

 

一時帰国、新総裁の言葉に寄せて

韓国は秋夕(チュソク)という大型連休中です。仕事も休みなので、久しぶりに日本に帰ってきました。周りは皆働いており、日中は特に予定もなく庭の手入れなどをしています。虫、鳥、トカゲ、カエルなど、意外に生命感溢れる庭に育っていて嬉しいかぎりです。

 

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韓国では仁川空港近くのタワーマンションに住んでいます。この辺りはほとんどの住宅がタワマンなので、日本とは異なり高級感や富裕層といったイメージはありません。土地が狭く、地震が少なくて冬が厳しい地域だと、この方が合理的なのかもしれません。ただ、地面から離れて場所で暮らしているとヒト以外の生き物の気配が乏しくなります。久しぶりに日本の家に帰って秋の虫の音の中で眠り、キジバトヒヨドリの鳴き声で起こされると、なんとも言えないいい気持ちになりました。

 

帰国してすぐに、日本で初めての女性総裁が選出されました。ちょうど選挙の開票から確定後のスピーチまでをリアルタイムで見ていて、ワークライフバランスの発言のくだりには驚きました。一方で、総裁の言葉としての是非は脇において、また、全くの的外れな考えの可能性もありながらも、こう言いたくなる気持ちも理解できるかもしれないと思いました。

 

今はまだ、女性リーダーというだけで、女性の抱える問題全てを代表して解決しなければいけないという雰囲気が強いのです。それは男女どちらの側からも違った表現で寄せられる期待で、立場が上がるほどその圧力は増していきます。私自身ですら、大した位置にいないにも関わらず、事あるごとにその気持ちを一方的にぶつけられ、時に知らない間に失望されていたりします。

 

高市さんにとってのやりたいことは、少なくとも公言されている限りでは、ジェンダー関連の事柄ではないようにみえます。その中で上のような意図しない役割が暗に明に課されていくのは、苛立ちの溜まることかもしれません。そして、勝手な役割期待を押し付けないで欲しいという気持ちが、あの発言に現れているのかなと想像しました。その意味で、なんだかとても分かるなぁと思ってしまいました。

 

これはあくまで私の想像で、自分の経験をただ投影して書いています。でも今後、女性総裁・総理大臣が増えていけば、こんな当て推量もいらなくなっていくはずです。そんな未来が来てくれるといいなと思います。

 

空港に向かう道の途中で

今日は日本を発つ日です。がらんとした部屋を見ると、やはり寂しい気持ちになります。

ここ最近はずっとナーバスになっていました。出向先からの期待と自分の実力があまりにかけ離れている気がしたこと、単身赴任への迷いが日を追うごとに増してきたことが原因です。

これまで何年かオンライン英会話を続けていて、仲良くなったフィリピン人の先生たちに今の気持ちを話してみました。私の英語はまだまだ拙くて、限られた言葉でしか自分の感情を表現できません。でもだからこそ、揺れている心を素直に出すことができました。

先生たちは決まって、おめでとう、の言葉を返してくれます。組織が認めて一つ上のステージに上げてくれたことを誇りに思いなさい、もっと周囲を信じても良い、とおっしゃる方もいました。それと同時に、働くだけではいけない、この機会に現地の文化を知り、何よりも楽しむことが大事だとも。

家族と離れることをそんなに特別視しなくても良いと話す先生たちもいました。自分自身が世界中で1人で働いてきた方や、家族が別の国で働いている方も何人もいました。単身赴任は私の周りではそんなに多くないけれども、立つ場所が変わるとありふれていて、乗り越えようと意気込むほどのことではないのだと思いました。

後ろ向きな気持ちはあまり人に見せないほうが良いと考えてきましたが、話すことで救われることもあるようです。違う視点で語られる言葉たちが、心を少し軽くしてくれました。私自身も異質な何かとして、向こうの国で役に立てたらと思います。

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出かけがわに撮った、いつもの我が家の周りの風景です。こんなほっとする光景を、この先も見つけていきたいです。

 

 

 

最終出社

昨日が異動前の最終出社でした。勤め始めてずっと通っていた場所だったので、この道を行くことがしばらくはないのだとはなかなか信じられないです。

色々な方に挨拶をしました。改めて、沢山の人に支えられていたのだと感じました。残していく仕事を快く引き受けてくれる人、向こうでの健康を気遣ってくれる人、しっかり頑張れと励ましてくれる人、みんなそれぞれのやり方で私を送り出してくれて、本当にありがたかったです。

育ててきた後輩たちも、みんな立派に成長してくれました。これからはもう自分たちの力で歩いていけると思います。遠くから見守っていきたいです。

 

嬉しかったのが、出入りの業者さんや社内の清掃・購買を請け負ってくださるパートの方々からも、温かい言葉をいただいたことです。毎朝顔を合わせる中で、いつのまにか出来上がっていた関係性を愛おしく感じました。

 

引越しがあるから花やプレゼントはいらないとお伝えしていました。物はなくても、言葉や気持ちだけで心があたたかくなりました。改めて、良い場所で良い人たちに囲まれて仕事ができて本当に良かったです。

 

寂しい気持ちもあります。でも、変化を受け入れて前に進むことで、新しい道が開けていくのだとも思います。

違う国でもこんな豊かな環境を作って行けるように、日々を積み重ねていきたいです。