かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

読まれる本に出会う楽しみ

本がたくさんある空間が好きです。本屋でも図書館でも、何かの資料庫のような場所でも構いません。読まれるのをじっと待っている文字たちの、その気配が積み重なっているところが好きなのです。どんなに賑やかな場所でも、本に囲まれているととても静かな気持ちになります。本と自分自身との間に生まれる親密な雰囲気が好きで、特に読みたいものがなくても自然に本屋に足を運んでしまいます。

 

私よりはるかに背の高い本棚に挟まれ、みっしりと並べられた背表紙を眺めながら歩いていると、ふと目に留まる本があります。著者も題名も知らないその本が、その時の自分にとって重要な示唆を与えてくれることがよくあります。背表紙の中のわずかな文字列、文字に与えられたフォント、背表紙の色合いや大きさ。そんな限られた情報でも、読み手に対して何かを伝えようとして選ばれたものたちは、必要としている人を惹きつけるのかもしれません。そうやって手に取った本が役目を果たしてくれると、作り手側の意図をきちんと受け取れた気がして嬉しくなります。

 

本は何冊も並行して読むのが好きで、家のソファの脇には読みかけの本が手近にあった紙を咥えて積まれてます。そうやって読まれるのを待っている本の姿も愛おしいものです。いま主に読んでいるのは室生犀星の『新しい詩とその作り方』です。詩を書く気はさらさらないのですが、やはり背表紙に惹かれて連れて帰ってしまいました。大正時代の初期、新たな文化を目指して意気揚々とつづられた文章を読むと、作るものはなんであれ物を生み出すことは素晴らしいと感じます。そして、何とも豊かな気持ちになります。教科書の中の一篇の詩ししか知らなかった詩人の、その目に映っていたものを想像して幸せを覚えるのです。今すぐに役に立つ知識ではない、もっと曖昧で奥行きのある感情を、この本から受け取っている気がします。

 

通勤で本を読むとなると、どうしても電子書籍に軍配が上がります。実のところKindleにも大量の本を持っています。それでもやはり、紙の本のある空間に足を運んで、読む人を待ち続けている本に偶然に出会う楽しみは捨てがたいものだと感じるのです。

 

 

今週のお題「読みたい本」