かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

傘を洗う

休職しはじめてしばらくたった頃、ふと思い立って傘を洗うことにしました。自宅安静の指示がでて外に出ることもできず、またその気力もなかったので、なにか家の中でできることを見つけたかったのです。その頃はちょうど晴れた日が続いていたので、カーテンや毛布、通勤用のリュックなど色々なものを洗っていました。汚れの種類を考えながら洗剤を選び、適切な道具を使って汚れをこすり落とし、黒く濁ったすすぎの水が流れていくのを見ると、心の底から達成感を感じました。

 

だんだん洗うものが無くなってきたときに目に留まったのが雨傘でした。社会人になってしばらくして、もう大人なんだからちゃんとしたものを使おうと思い立って買った傘です。ちゃんとしたもの、の定義が自分の中で定まっていなくて、とにかく気に入ったもの、ずっと使えそうなもの、という目で何か月も傘売り場を回ったものです。真面目に傘を見てみると、布地の色だけではなく取っ手の材質や形、石突の長さや尖り具合、開いたときに骨が描く曲線まで何一つとして同じものはありませんでした。理想を頭に持たずに探し始めた私はすぐに困惑して、しばらくはただ、ぶら下げられた傘を手に取って広げては戻すことを繰り返すばかりでした。

 

そんなある日、傘のことはすっかり忘れてしまうような晴れた日に、ガラス張りの路面店の中に沢山の傘が広げられていました。ぽんぽんぽんと何気なく地面に並べられたもの、天井から吊るされたもの、ひっくり返って転がっているものなど、色とりどりの傘が自由に空間を彩っていました。眺めているうちにそのうちの1つがどうしても欲しくなって、傘としてはずいぶん高額だったそれを買ってしまったのです。広げても閉じても美しいたたずまいで、雨の日に濡れてしまうのが惜しくてしばらくは使えなかったほどです。でも、実際に濡れてみると、その傘は更に素敵になりました。

 

その日からずっと、雨の日はその傘とともに過ごしました。傘は見た目よりもずいぶん丈夫で、風が吹いても骨が折れることはありませんでした。すぐに物を無くしてしまう私には珍しく、その傘は一度もそばを離れることなく手元にありました。そして何年も使い続けるうちに、気づけばずいぶんくたびれた風合いになってしまっていたのです。

 

雨水は思っているよりも汚れていて、使った後に乾かすだけだと全体が徐々に黒ずんでいきます。また、布地の折山になっている部分は、傘を畳むたびに手で触れて汚れていきます。取っ手や石突の部分も、傷や汚れで少しずつくすんでいきます。しばらくぶりに取り出した傘は、一緒に過ごしてきた時間以上に古びていました。自分の忙しさにかまけて気づいてやれず、申し訳なく思いました。

 

傘を広げ、布地の裏と表を丁寧に水で流し、中性洗剤を柔らかいスポンジにつけてゆっくりと布地をなでていきます。すると、たまった汚れが少しずつ取れてゆきます。骨の重なった部分は細い棒の先に巻いたウェットティッシュで拭きとり、石突の傷についた汚れはブラシでこすってやります。そうして最後に水でゆすいでやると、うすい灰色の水が流れてゆきました。乾かした傘は、元通りとはいかないまでも、年相応に若返っていました。

 

もうすぐ梅雨がきます。復職してしばらくは雨が続くかもしれません。年相応の健康を取り戻した私と若返った傘とで、つつがなく日々を暮らしていければと思います。

 

今週のお題「レイングッズ」