かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

夏の夜の風

暑い日が続き、夜も部屋の気温がなかなか下がりません。今年も窓を開けたままにして眠る季節がやってきました。

 

夜が更けて外の気温が下がるにつれて、空気中の湿度が地面に降りてゆきます。少し湿り気を帯びてひんやりした、草の匂いをはらんで吹き込んでくる風を感じていると、実家で過ごしていたころの夏休みを思い出します。

 

母は冷房が嫌いで、家にその設備を入れることを許しませんでした。なので、真夏のどんなに暑い日でも、家じゅうの窓を開け放って扇風機のみで過ごしていました。昼間に部屋にいるのが耐えがたくて、飼っていた犬と家の外の日陰で時間をすごすこともしばしばでした。犬は風が通る涼しい場所を不思議とよく知っていて、土を掘り返してはひんやりした地面に寝そべっています。そんな犬を羨ましく眺めたものです。犬は、人が来ると風通しが悪くなるせいか、すこし嫌な顔をしてどこかに行ってしまいます。それを追いかけて過ごす夏の午後でした。

 

日が落ちてコウモリが空を行き交いはじめると、気温も少しづつ下がってゆきます。汗だくになった一日をお風呂で流して、首を固定して風量を最大に設定した扇風機の前に陣取り、しばし涼しい気分を味わうのがとても好きでした。同じ気分を味わおうとする兄弟と一台の扇風機を巡って争ううちに、取っ組み合いのけんかになることもよくありました。

 

冷房が体に悪いという母のように、父は扇風機の風が体に悪いと言い張りました。寝る前には扇風機は一番小さい風量に設定され、首振りの風が力なく体をなでるだけになりました。敷布団が暑く感じて、床の畳の少しでも冷たい場所を探しながらうごめいていく。そうやって寝付けないでいると、時折、開け放った窓からの風が扇風機の微風を越えて吹き込んできます。

 

家のまわりにまばらに残る田畑、そこの土や草の湿った匂いが、風と共に部屋に入ってきます。田んぼに住むカエルのけっけっけっという声、近くを走る電車の音、うっかりしたセミの短い鳴き声、そんな気配も一緒に部屋に満ちてきます。体の上を抜けてゆく風と共に匂いや音を感じていると、いつの間にか眠りがやってくるのでした。

 

今となっては、真夏に冷房なしで眠ることは考えられません。それでも、この初夏の短い間にだけ感じられる昔の夏の日の気配は、私にとってはとても懐かしいものです。

 

 

お題「においをかいでふと思い出した記憶(めっちゃ短いエピソードでもぜひ聞かせてほしいです)」