かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

足元の小さな世界

さいころ、一番身近な虫はアリでした。家の勝手口の下には階段がわりのコンクリートブロックが置いてあり、その足元がアリの通り道になっていたのです。2~3㎜くらいのうす茶色のアリがせわしなく行ったり来たりするのを、ブロックに腰かけて飽きずに眺めていたものです。

 

アリはときどき食べ物を持っていました。たいていの場合は小さい羽虫の死骸をくわえていましたが、ときには自分よりもずいぶん大きい獲物を引きずっていることもありました。この体のどこにそんな力があるのか、獲物を運んでいくさまにはとても心を引き付けられました。そんなアリをみたときには、ついついどこまでも追ってしまいます。アリの巣は思っていた以上に遠く、いつの間にかアリは我が家の敷地を通りこして道路をわたり、お向かいの家の植木鉢の下にもぐっていってしまうのでした。ちょっとした段差に引っかかっているのを助けようと獲物を木の枝で押し上げてやると、アリが慌てて逃げてしまってがっかりすることもありました。

 

手持無沙汰のアリに砂糖をやるのも楽しみの一つでした。アリの列の真ん中にひとつふたつ、上白糖のつぶを置いてみます。すると、何匹かは気づかずに素通りしていくのですが、あるアリはふと立ち止まり、触覚でよくよく確かめたあとに、やおらそのつぶを持ち上げていそいそと持って帰るのです。帰り際のアリが仲間のアリに何かを伝えている様子もとても面白く、夢中になってアリのあとを追いかけました。ただ、この遊びを見つかると両親と祖母にこっぴどく叱られるので、家にだれもいないときのひそかな楽しみでした。

 

私が充分大きくなったあとは、アリとはしばらく疎遠になっていました。背が高くなって地面が遠くなり、目が悪くなってメガネ生活になったからかもしれません。メガネをかけていると、意識しないと地面は見えないものなのです。そして、就職して都会に暮らすようになると、地面はさらに遠くなりました。地面にしゃがみこんでいるのは奇矯なふるまいだし、まずもってマンション暮らしの身には地面は無いも同然でした。

 

ここ数年、すこし郊外に暮らすようになって、またアリが身近になりつつあります。この辺りに住んでいるアリは黒々としてやけに大きく、意識せずともすぐに目に留まるのです。道路脇をぞろぞろと歩いている様は壮観です。春になると、冬眠している間に巣にたまってしまった砂を運び出したのか、巣穴の周りにこんもりとドーナツ状に土が盛られています。ほんの数メートルおきにこの盛り上がりがあり、いったいどのくらいのアリが暮らしているのか途方もない気持ちになります。でも、私が気づく前からずっと、自分の足元に知らない世界があり社会が広がっていたんだと思うと、なんだか愉快な気分にもなるのです。

 

 

今週のお題「盛り」