かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

夏の香り

今朝玄関のドアを開けると、夏の匂いがしました。イネ科の植物の葉や茎に夜露が降りたあとの香りです。気温や太陽の光よりも先に、一番に夏を感じるのがこの匂いです。

 

この匂いを嗅ぐと、実家の周りの田んぼの光景を思い出します。ちょうど今頃、田んぼの水は少なくなりオタマジャクシはみなカエルになります。小さいカエルを追いながら自分もカエルのようにかがんでぴょんぴょんと跳ねていたこと、うっかり足を滑らせて田んぼに落ち泥だらけになったこと、その時の稲の葉のざらざらした感触は今でも記憶に残っています。

 

中でも好きだったのは、稲の上を渡る風を眺めることです。柔らかい稲の葉が風を受けて一斉にそよぐとき、目に見えないはずの風が見える気がするのです。遠くから順々に頭を下げていく葉っぱ達をぼんやり見ていると、いつの間にか時間が過ぎていました。そのあいだに、ずいぶんと蚊に喰われたものです。

 

夏の暑さも、夏にまつわる色々な行事も全然好きではなかったはずなのに、思い出に残る夏の風景はなぜかひどく懐かしいものです。それでも、それはまだ夏の気候が常識的な範囲だったからかもしれません。今のように暑さが実害を伴うようになると、さすがに稲の葉を日がな一日眺めて過ごすことはできないはずです。それに、あの頃大好きだった田んぼも今はもうマンションに変わってしまいました。社会的には特段いい時代ではなかったけれど、振り返って懐かしむことができるあの時代に生まれ育てて良かったとしみじみ思います。