かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

私を励ましてくれる桜

忘れられない桜の景色があります。博士課程の2年目に民間企業への就職を目指して就職活動をしていた時に、東京駅の駅前で見た桜です。

 

その頃は研究で行き詰っていて、卒業に必要な論文数をそろえられる見通しも立たず焦っていました。実験を仕掛けてから最終便の飛行機に乗り込み、論文を読みながら企業の説明会の会場に向かい、できるだけの予定を東京でこなしてから大学にとんぼ返りをする生活でした。何よりつらかったのが、エントリーシートを送った企業からのお断りの通知でした。エクセルに並べた企業名のセルを灰色で塗りつぶすたびに、自分の将来も暗く塗りつぶされていく気がしました。研究者としてうまくいかなくても、何をしても生きていけるじゃないかと自分を励まし、でもそこまでして生きていきたいのか分らないと自分自身が反論し、ずっと堂々巡りのまま春を迎えました。

 

大学のある町ではまだ雪景色なのに羽田空港は夜でも暖かく、就活用のコートがかさばって手に重く感じました。何度も乗って路線も発着時間も覚えてしまった電車で東京まで出て、いつも泊まっていたホテルに向かう途中で、その桜並木に出会いました。

 

ビルの間の通りに満開の桜が並び、暖かい色の明かりがそれをライトアップしていました。酔っぱらった学生たちや帰り道を急いでいるサラリーマンの集団が、その通りに入ると一瞬足を止めて上を見上げていました。気が付けば私もその一人になっていました。ぼんやりと花を眺めていたその時、自分も社会に出て何とかやっていけるかもしれない、と初めて思いました。

 

その後、幸運に恵まれてまとまった研究結果を出すことができ、就職先も決まりました。東京駅からほど近い町に職場と自宅があり、春になるといつも、あの桜並木を見に行きました。そしてあの頃の不安や焦りを思い出して、今年も頑張ろうと心を新たにするのでした。

 

今年もまた桜の季節が来て、いつものようにあの場所に行きました。行きかう人々の中には、就活生だろうスーツを着た人たちが何人もいました。心のなかでその人たちに頑張れ、とつぶやいた後で、昔の自分に対して初めて「よく頑張ったね」と思いました。そして、そう思ったことに驚きました。自分を認めてほめることは自分への甘えで許されないことだとずっと思っていたけれど、やってみると案外あっけないことでした。

 

今でもまだ体調は不安定で、来年はどんな気持ちで桜を見上げることになるか分かりません。それでも、来年の春にはまた、これからの一年間の頑張りを振り返って認めてやれるような自分でありたいです。

 

 

 

今週のお題「お花見」