かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

思いつきの先に見た美しい光景

大学3年生で運転免許を取りました。大学の生協の仲介で安く車を借りられると知ってからは、運転の練習もかねてたびたび車で出かけるようになりました。そんなある日、車があれば道がある限りどこまでもいけるし、その中で泊まることもできる、と思い立ちました。そして、これまで行ったことのない場所に一人で行きたいという気持ちが沸き立ってきました。

 

そんな時に目的地に設定しやすいのが「○○の端」という名目の場所です。とりあえずレンタカーを借りてきて、ナビの目的地に自分の住む島の東端の岬を入れ、研究室にあった誰のものともつかない寝袋を後部座席に放り込んで車を走らせ始めました。

 

ナビに表示されていた距離は500㎞強、意外と近いな、というのがその時の感覚でした。なにせ大半が田舎道で、渋滞も信号もないのです。実際に8時間もすれば、目的地の近くの町までやってきていました。そこから岬に向かう道は真新しいきれいなアスファルトで、車は自分の前にも後ろにも見当たらず、人も誰ひとりいませんでした。時おり見える北方領土の返還を求める看板だけが、現実感のあるものとしてそこに存在していました。こんなに一人を感じる場所は、これまでありませんでした。

 

夜になって、岬の近くの空き地に車をとめて寝ることにしました。初夏でしたが思った以上に寒くて寝付けません。そして周囲をがさがさと何かの生き物の気配が動いていて、目を開けたら絶対に何かと目が合うという気がしておびえていました。朝日がさしてきたときのほっとした感覚はいまも忘れられません。ただの低木の藪をあれほど怖がっていた自分の滑稽さが、明るくなって浮き彫りになった感じがしました。目指していた岬には日の出を見に来た大勢の人がいて、そのなかで写真をとるのもしゃくな気がしてすぐに引き返してしまいました。

 

そしてその帰り道で、これまで見てきたなかで一番美しい風景に出会いました。太平洋に面して断崖がつらなる海岸線、その上には切り立った崖の上とは思えない柔らかい草がそよぐ平地がありました。そこには小さい野生のユリが一面に咲いていて、青空の下で甘い香りが広がっていました。古ぼけたベンチにぼんやりと座って遠くの水平線を見ていると、どこからともなくキツネが現れて、ユリの咲く中を跳ね回っていました。神様は本当にいるのかもしれない、天国はこんな場所なのかもしれない、と思いました。

 

そのあと何度も同じ場所をおとずれていますが、同じような美しい風景を見ることはできていません。思い付きの旅立ちから始まって、幸運がかさなってふと見えた、偶然のカーテンの向こう側にある景色だったのだと思います。いつかまたあの光景をみることができたら、と思います。

 

お題「初めて一人旅をします。一人旅でよかった場所、一人旅初心者におすすめの旅行先を教えてください。」