かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

なつかしい失恋とAさんの話

大学院に入った年の冬、いちばん辛い失恋をしました。いま振り返ればよくある失恋話だったけれど、当時の自分にとってはこの先の未来がなくなってしまったような思いでした。やりとりしたメールの文面をなんども見返したり、交わしたことも忘れていた約束にすがったり、どこかにまだ修復の余地があるのではと終わった恋にしがみつく日々でした。ふとした瞬間に相手のことを思い出して涙がこぼれる、なんて日常茶飯事のことでした。

 

そんな時に助けてくれたのが、研究室の先輩(Aさんとしておきます)でした。Aさんは中国の方でしたが、研究室に来る前は国際機関に勤めていて、来日した時点で英語はもちろん日本語も流暢に話し、全く専門外の分野から進学したにもかかわらず研究室でも一目置かれる知識を持つ優秀な方でした。後輩の面倒見もよく、故郷の料理を、よくAさん宅でふるまってくれました。

 

そんなAさんなので、私の様子がおかしいことにはすぐに気づきました。大学の建屋の誰も来ない屋上に私を呼び出して、口が重い私から事の次第をひとしきり聞いた後に、「なにがあっても絶対に時間が解決する、すべてはいい方向に向かっていると信じなければならない。」と言いました。悲しみの真っただ中の自分にはその言葉は信じられずに、まとまらない反論をしてひとしきり泣いたのを覚えています。Aさんは黙って私の横で煙草を吸っていました。

 

しばらくたった後にふと、時間があると余計なことを考えてしまうからよくない、と言って、私を半ば強引に連れてフランス語の個人講座に通い始めました。週2回のその講座は確かにハードで、気持ちを紛らわせるのにはうってつけでした。というより、Aさんの学習速度が速すぎて、迷惑をかけないようについていくことで精いっぱいでした。今は習ったことをほとんど忘れてしまいましたが、雪に埋もれた小さい教室の中で先生とAさんと私で過ごした時間は、いまでも懐かしく思い出します。

 

Aさんは魅力のある人だったので、いつも周りを人が囲んでいました。そして多くの恋愛を楽しんでいるようでした。種を沢山まかないときれいな花畑はできないし、まいてみないとどんな花が咲くのかは分からない、というのがAさんの口癖でした。一つの関係にのめりこむから傷が深くなるのだ、と言っていたこともあります。やれやれあなたは立派ですよ、と、どこかで読んだ本の一節を頭に浮かべて、それも一つの真理だなと思いながらも真似することはできませんでした。

 

時間が解決するなんて絶対にありえない、と思ったあの日から、長い時間が過ぎました。失恋相手と一緒によく聞いていた、当時流行していたグループの歌は、これまでずっと聞くことができませんでした。それでも最近、その歌をふと口ずさんでいる自分がいます。すべてはいい方向に向かっていると、信じている自分もいます。もう会うこともなくなってしまったAさんに、あの時会えてよかったと思います。

 

お題「大失恋をしたときどう立ち直りましたか?」