かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

だれも見た事のない場所へ

「地球の出」という写真があります。アポロ8号の乗組員が撮影した、月の地平線から半円形の地球が昇るさまを撮影した写真です。黄色みがかった灰色の月の地面とただ真っ黒な宇宙、それをくり抜いたように青い地球が写っています。この写真を初めて見たのは、多分図書館で借りてきた科学図鑑の中でだったと思います。偽物みたいにくっきりと写った地球のすがたと、足元に感じられるだろうざらっとした月面の感触に、ただただ惹きつけられました。

 

大学に入り学校内の書店でその写真に再会したとき、とても懐かしい気持ちがしました。月面を大写しにした表紙にひかれて何となく手に取った「FULL MOON」という写真集の中に、その写真があったのです。ずいぶん久しぶりだったものの、やはりその光景はとても魅力的でした。手に取りはしたものの、当時の私にとってはその写真集はとても高価で買う決心がつかず、何度も立ち読みで眺めた後についに手に入れたときにはとても嬉しかったです。その後の引っ越しの繰り返しにも耐え、いまもその本は手元にあります。何気ないひとときにページを開くと、いまでもあの光景が心を揺さぶるのです。

 

何がこんなに自分の心をとらえているのかと考えてみると、写真としての美しさそのものよりも、その瞬間まで知らなかった光景を初めて見たことが一番の理由のように思います。地球も月も宇宙に浮かんでいてそれぞれが自転し公転している、と頭では分かっていても、実際にそれを目の当たりにすることはできなかったのです。それを切り取ってはっきり示されたことで、ようやく自分の立つ地平が浮かび上がった気がしたのでした。

 

見た事のない風景を見てみたい、これは私の原動力の一つのように思います。研究の世界に身を置くようになったのも、まだ自分しか知らない真理を一つずつ見つけていくことがこころよかったからかもしれません。ほんの些細な発見でしかなくても、自分しか見たことのないその「新しいこと」と世界をつなげられた瞬間は喜びに満ちたものでした。辛いことも多かったものの、その瞬間があればすべて報われる気がしました。

 

今月末からの復職が決定しました。いろいろと困難なこともある仕事ですが、自分が愛している仕事でもあることを忘れずにいたいです。ずっと自分だけの月面に立ち続けられたらと思います。

 

お題「人生を変えたと言える映画や本ってありますか? あればそのエピソード等教えてください」