かもさんのひそひそ話

耳をすませば聞こえてくるよ

心とろかすような

むしゃくしゃしてやった、という言葉を、ニュースでたまに聞きます。たいていは下らない犯罪の犯人が動機として挙げている言葉です。変な言葉だなぁ、こんな言葉を自分の思いを表すために使う人が本当にいるんだろうか、と思っていたら、ついに自分も「むしゃくしゃしてやりました」という行動をとってしまいました。

 

街中に用事を済ませにに行ったある日のことです。電車で人ごみに揉まれて、それだけでもすこし苛立った気分でいたところ、用事先でも比較的面倒なことがあり、何とも言えないもやもやを抱えて帰ることになりました。そんなときに通りがかったターミナル駅で、新しくチョコレート専門店ができているのに気づきました。もうすぐバレンタインデーということで、シックな内装のそこかしこに華やかにリボンが飾り付けられていて、思わず足を止めて入ってしまったのです。

 

さすがは専門店で、普段目にしないような、ぱっと見はお菓子とも思えないような美しいチョコレート菓子がずらりとならんでいます。暖かい色の間接照明に照らされた店内で、どのお菓子も誘惑的に光っています。ただ、ふと値段を見ると、美しい札に書かれた数字は絶句してしまう額でした。これはいけないと目を脇にやると、やや地味な見た目で板チョコが壁にかかっていました。

 

この板チョコがまた、ただの板チョコではないのです。数10種類並んだそれは、使用するカカオ豆の産地が一つずつ異なっていて、それぞれに心を惹かれる味の説明が書いてあるのです。先ほど見たお菓子よりもずいぶんとお手頃な価格帯だったこともあり、吸い寄せられるように3つを手に取ってお買い上げ用のかご(これまたアンティーク調の素敵なもの)に入れ、レジに向かってしまいました。

 

お手頃な価格帯とはいえ、スーパーに売っている板チョコの5倍ほどの値段で、大きさは4分の1程度と、なかなかの高級品です。レジのお姉さんが美しい袋にチョコを入れ、味の違いを説明した冊子もいれておきますね、と優しくいってくれるのを聞きながら、雰囲気にのまれて3つも買ってしまった自分に苦笑してしまいました。

 

家に帰ってから3つの板チョコを順繰りに口に入れていくと、確かに説明書きの通り、一つずつが全く違った口どけと味わいでした。これは豆の品種が違うのか、含まれる脂肪酸の種類と比率が違うのか、不純物の量が結晶性に影響するのか、などどうでもいいことを小難しく考えながら、やはりおいしいなぁとひとりでにんまりとしてしまいました。板チョコの溝はちょうど1cm角くらいに割れるようにできていて、しばらくはその上品なかけらを少しずつ楽しむことができそうです。むしゃくしゃしていた気持ちはいつの間にか消えていました。

 

(タイトルは、宮部みゆきさんの小説からお借りしました。内容とは全然関係ないですが、登場する犬がかわいくておすすめです。) 

お題「他の人のお金を使ったエピソードを聞くのが好きです。最近の散財エピソードを教えてください。」